元気村「村長通信」

自給自足コミュニティ、活動日誌。

「幸せ」とは、"心のあり方"

 今日は、晴天。農作業日和でしたが、昨日採った「わらび」を無人販売コーナーに陳列した後、親せきにおすそ分けするため、2家族に足を運びました。

今日の元気村の空 

 なんと、2家族とも、病気になったということで、大変でした。「年だから」ということであきらめもありましたが、人生100年と言えども、やはり「健康寿命」の大切さを改めて思いました。

 

 ところで、人間は「生老病死」が定めとはいえ、やはり病気になれば、悩み苦しみます。これに対して、斎藤一人さんが、「幸せになるのは、権利ではなく、義務である」と言っています。やはり、「幸不幸は、自分が決める」というのが鉄板ルールですね。

 そのことが分かっている人は、自分に起こる出来事をすべて「幸せになるための種」と考えるんだよね。でも、逆にそのことがわかっていないと、どうなるかわからない将来のことを不安に思って「取り越し苦労」をしたり、過去の失敗をいつまでも引きずって「持ち越し苦労」をしたり、人の不安まで背負って「持ち出し苦労」をしちゃうんです。

 たとえば病気ってするときはするようになっているの。ケガもするときはするの。それで、ケガしたときは「ケガをしたんだ」と思えばいい。病気したときは、ただ病気したの。そうすると健康のありがたみがわかったり、そこからいろんなことを学んだりするんだよね。そして、「どうすれば病気でも上品に生きられるか」とか、「周りの人に心配をかけずに生きられるか」とか「自分の心が落ち込まないように生きられるか」とか、起こったことから「幸せになれること」を考えればいいんだよ。「幸せ」とは、"心のあり方"だから、その出来事をどう捉えるかが重要なんです。