昨日は10人乗りのタウンエースで、自宅を午前3時に出発し、埼玉県北本市に着いたのが午前9時、13時30分には帰路につき、20時頃やっと自宅に帰ってきました。渋滞もあり、ハードでした。(笑)
ということで、今日は疲れた体を引きずって、「玉ねぎ」の定植作業を行いましたが、午前中であえなくダウン。人生あきらめが肝心です。(笑)

玉ねぎを定植。

出荷分のサツマイモ(紅あずま)を収穫
ところで、「老成した」と思われる(笑)人が、「自分と同じ人間に育てること」に拘り過ぎて、相手の欠点ばかりをあげつらっています。挙句の果てには「なぜ俺を立てないのか」、「なぜ無視するのか」等々説教をし始め、結果として「晩節を穢す」ことになっています。(笑)
(株)本物研究所代表取締役会長 佐野浩一さんがそのブログの中で、『上司の役割は、部下を自分と同じ人間に育てることではありません。その人だけが持っている「花」を見つけ、それが咲くように手助けすることです。』と説いています。抜粋して引用します。
・・「初心忘るべからず」。 誰もが一度は耳にしたことのある言葉でしょう。新入社員に向けて、あるいは新しい仕事に取り組む人に向けて、「最初のころの純粋な気持ちを忘れないように」といった意味で使われることが多い言葉です。
ところが、この言葉を残した室町時代の能楽師・世阿弥が伝えたかったことは、実はもう少し奥深いものだったようです。世阿弥は、父である観阿弥とともに、今日まで続く能楽の基礎を築いた人物です。今からおよそ600年前のことです。思うところあって、世阿弥の『風姿花伝』や『花鏡』に触れながら、あらためて驚かされることがありました。
そこに書かれているのは、単なる芸能の指南ではなく、もっと広義な人づくりの指南のあり方でした。「人を」どう育てるのか」「どうすれば人は成長し続けられるのか」そして、「どうすればお客様の心をつかみ、長く支持される存在になれるのか」……、現代の経営学やマーケティングにも通じる考え方が、実に見事に説かれているのです。
そして、その根底にある思想は、舩井幸雄が生涯を通して伝え続けた「舩井流」とも、不思議なほど重なっているように思います。舩井幸雄がよく口にしていた言葉に、「変化こそ不変の原理」というものがあります。世の中で変わらないものがあるとすれば、それはすべてが変化し続けているという事実である。だからこそ、変化を恐れず、時流を読み、自らも変わり続けることが大切なのだと教えていました。
これは、世阿弥が説いた「花」の思想にも通じます。世阿弥は『風姿花伝』において、役者の成長を年齢ごとの段階に分け、それぞれの時期にふさわしい修業のあり方を説いています。幼いころには幼いころの花があり、若いころには若さゆえの花がある。しかし、それらは永遠に続くものではありません。若さや美しさによって一時的に人を魅了する花を、世阿弥は「時分の花」と呼びました。一方、年齢や環境の変化を超え、長年の修業によって身につけた芸の魅力を「まことの花」として重視しました。
ここが実におもしろいところです。若いころの成功体験にしがみついていては、いつか花は散ってしまう……。しかし、変化を受け入れ、その時々の自分にふさわしい花を咲かせる努力を続ければ、人は生涯にわたって成長できる。これは、企業経営にもそのまま当てはまります。かつて大成功した商品も、時代が変われば売れなくなる。優秀だった営業マンも、過去のやり方に固執すれば、やがて通用しなくなる……。大切なのは、過去の成功を守ることではなく、変化の中で新しい価値を生み出し続けることなのです。まさに「変化こそ不変の原理」ではないでしょうか。
さて、冒頭の「初心忘るべからず」に戻りましょう。この言葉は『花鏡』に登場します。世阿弥は、初心について三つの段階を示しています。
「是非の初心」
「時々の初心」
「老後の初心」
最初の「是非の初心」は、未熟だったころの自分を忘れないこと。次の「時々の初心」は、人生のそれぞれの段階で新たに直面する課題や未熟さを忘れないこと。そして「老後の初心」は、年齢を重ねてもなお、新たに学ぶべきことがあると心得ることです。
つまり、世阿弥のいう初心とは、単に若いころの志を忘れないことではありません。人は何歳になっても初心者になれる。そして、初心者であり続けることが、成長し続ける条件なのだ……。私はそう受け止めています。
舩井幸雄もまた、「勉強好き」「すなお」「プラス発想」を成功者の共通条件として挙げていました。なかでも「すなお」であることを、とても大切にしていました。自分の考えに固執せず、知らないことを認め、人の意見に耳を傾ける……。新しい情報や価値観に出会ったとき、まずは受け入れて考えてみる……。それができる人ほど成長するというのです。
世阿弥の「初心」と、舩井幸雄の「すなお」。時代は違っても、人が成長するための本質は変わらないのだと思います。
もう一つ、私が世阿弥の思想に強く共感するのは、人の個性や成長段階を大切にしている点です。『風姿花伝』では、幼少期から老年期に至るまで、それぞれの年代に応じた稽古のあり方が示されています。若い人には若い人の魅力がある。年齢を重ねた人には、その人にしか表現できない深みがある……。全員を同じ型にはめるのではなく、それぞれの持ち味を生かすことが大切なのです。
これは、舩井幸雄の「長所伸展法」に通じます。舩井は、人の短所を直すことよりも、長所を伸ばすことを重視しました。短所を指摘され続けると、人は自信を失い、萎縮してしまいます。しかし、長所を認められ、それを伸ばす機会を与えられると、人は驚くほど成長するものです。
私は、人財育成の本質とは、まさにここにあると思います。企業において、上司の役割は、部下を自分と同じ人間に育てることではありません。その人だけが持っている「花」を見つけ、それが咲くように手助けすることです。しかも、花が咲く時期は人によって違います。早く咲く花もあれば、時間をかけて咲く花もある……。若いころに目立たなかった人が、経験を積むことで大きな力を発揮することもあります。人を育てる側には、目先の結果だけで判断しない姿勢が求められるのです。