今日は、野菜を収穫した後は、放置していたスナップエンドウの棚をやっと片づけました。間もなく来春収穫するための播種の時期です。やれやれです。(笑)

ところで、近頃朝の気温が気持ちよくて布団から出られません。(笑)ベッドではないので、毎日たたんでいますが、この行為には意外な効果があるようです。
桃野泰徳さんがそのブログの中で、「布団とは、単に睡眠をとる場所ではないのではないのか。本当の意味で面(おもて)を外し化粧を落とし、自分の顔に戻ることができる唯一の場所」と説いています。なるほどです。ちょと長いですが、抜粋して引用します。
・・1か月ほど前、Facebookでのなにげない発信に、1000を超えるイイネ!をもらうことがあった。護衛艦を見学させてもらった際に艦長私室に入れて頂き、その際の整理整頓ぶりに驚いた体験を投稿したものだ。
若い自衛官が折り目正しく布団を整頓することはよく知られているが、艦長クラスでもこうなのかと驚き、思わず写真に収めた。もっとも、艦長クラスの寝室は下士官などの士官室係が整頓しているというのが、本当のところのようだが。
それはともかくとして、ふと思ったことがある。よく考えたらこれは、驚くようなことなのだろうか。思い返せば自分自身、大学を卒業するまで過ごした実家では、畳の自室で寝ていたこともあり毎朝、布団はキレイにたたんで押し入れにしまっていた。万が一、敷きっぱなしで学校に行こうものなら、母親から猛烈に怒られたものだ。修学旅行など外泊を伴うイベントの時には、こんなふうに説教をされる。
「いつも以上に折り目正しくたたんでから、出掛けなさい!」
実家を出てからというもの、ずっと洋室にベッドだった。そんなこともあり、毎朝起きた後は適当に布団を直すだけで、整理整頓などしなくなっていた。そう思うと急に、“自衛官の整理整頓”に驚いたことそのものが、恥ずかしくなる。そのため毎朝起きると必ず、写真のように折り目正しく寝具を整頓することから、一日を始めることにする。すると程なくして、自分でも驚くほど心境の変化を感じるようになり始めた。
話は変わるが、日本を代表する伝統芸能の一つ、能と歌舞伎についてだ。能楽では、面(おもて)によって役者を演じ分けるのに対し、歌舞伎では化粧によって演じ分ける。例えば善人や高貴な人物の場合には白の下地を、町人や悪人では茶肌色を、悪人の手下や家来を表す際には赤という具合だ。
能では面をかけた瞬間に、歌舞伎では化粧を施された瞬間に、役者たちは別人格を自分に降ろす。そしてその瞬間から高貴な人物になり、貧しい町人になり、あるいは荒々しい悪人としての役割を演じる。
この「化粧が持つ力」については、多くの女性が日々、むしろ当然のように感じているのだろう。しっかりとメイクが決まり、美容院でキレイにしてもらった日には、なんとも言えない自信と力を感じ気分が上がるはずだ。面や化粧、すなわち“顔”にはそれほどに、人を変える力がある。
そう思った時、ふと疑問に思うことがある。長年会社に勤め、ある程度の成果を上げるとある日、課長に昇進し、あるいは部長職を命じられることもあるだろう。その瞬間から人は、10人を束ねる課長になり、100人のトップである部長になり、部下たちはその“顔”を見るようになる。
その時、私たちは演じるべき「課長の面(おもて)」「部長の化粧」という“顏”を、いつどこで学んだだろうか。役職とはそういうものだ。望もうが望むまいが、役職に応じた“顏”を演じなければならない。にもかかわらず、そんなものは誰も知らないし学んだこともない。だからこそ多くの人は、身近なモデルケースを模倣しようとするところから始めるのだろう。
しかし性格もやり方も違う上司を学んだところで、そう簡単に上手くいくわけがない。そのようにして、中間管理職などの役職に就いた人は心身を削られ、ストレスから体を壊す。
その意味で、私の若い頃の体験はかなり極端なものだった。29歳にして800人の会社で、縁あってNo.2 になったのだから、どんな“顔”をしていいのか全く分からない。模倣すべき相手すら、全くいない。銀行からの斡旋で経営の立て直しを担ったのだから、社員もみな、雰囲気は敵扱いである。
「また新しい偉い人が、無駄な仕事を指示しに来たのですよね?」
初めて製造現場に降りた時、現場を束ねる管理職の女性からいきなり言われたそんな言葉は、今も忘れられない。とはいえ、速やかに成果を出さないと会社も従業員も、もちろん私も終わる。
(こういう時、どういう“顔”をすれば、思わず嬉しくなるものだろうか…)頭を巡らし、とっさに応える。
「今までの“偉い人”は、どんな無駄な仕事を指示していたのですか?」
「…例えば日報ですよ!工場長も部長も本部長も、外から来た偉い人は皆、同じような内容の日報ばかり。毎日毎日、1時間も無駄にしてるんです!」
「その日報を今、見せてもらうことはできますか?」
「…できますけど」
そうして出された3種類の日報は、なるほど似たようなデータの要求に加え、その日の気持ちや反省など、小学生の日記以下だ。こんなものを3通も毎日出すよう求められたら、ストレスにならないわけがない。
「少しフロアの隅っこの机、お借りしますね」
そういうと私は、それら日報が要求しているデータをすべて、業務システムからボタン一つで転記できるマクロを組む。さらに3種類を一つにまとめ、無駄な報告欄を省き3分で作成可能な日報のフォーマットに作り替えた。
「ボタン一つで必要な日報ができるようにしました。3通も1つにまとめましたので、今日からこれを送るだけで十分です。工場長、部長、本部長にはこの後すぐ、私が連絡しておきます」
「えぇ!嘘やろ!」
「いえ、課長がおっしゃるように今までが無駄だったのです。私はこういう無駄を排除するために、ここにきました」
すると彼女はフロアに向け振り返ると、大きな声で指示を出した。
「みんなー!今度の偉い人、ちょっとは使えそうやで!少しだけ信じてみよか~」
どっと笑う、部下の社員たち。口は悪いが、ストレートに気持ちが伝わるとても嬉しい言葉だった。
とっさに作った“偉い人としての顏”だったが、どうやら正解だったようでホッとする。その後、彼女は長く、経営の立て直しに無くてはならないパートナーになる。そしてたくさんの知恵を貸してくれて、TAM(事業再生責任者)の役割を全うする大きな力になってくれた。その第一歩になった、忘れがたい想い出の一つだ。本当に私は、運が良かった。
話は冒頭の、寝具の整頓についてだ。自衛官のように寝室を片付けることで、どんな心境の変化を感じるようになったのか。
思えば私たちは、布団から出た瞬間から様々な“顏”を演じるよう社会から求められる。部長、課長、夫、妻、父、母、学生さん、子供…。一人暮らしであっても、お隣さんがくれば「善良な隣人」の顔を演じる。
そう思うと布団とは、単に睡眠をとる場所ではないのではないのか。本当の意味で面(おもて)を外し化粧を落とし、自分の顔に戻ることができる唯一の場所ではないのか。だからこそ、その特別な場所を折り目正しく清潔にして朝、別れを告げることで、一日の始まりが特別なものに感じられるようになる。
思えば母が、旅行に行く時こそいつも以上に整理整頓に厳しかったのは、こういうことなのだろう。
「寝具を散らかしたまま死ぬような、恥知らずな真似だけはやめなさい」
確かに、もし何かあった場合に家族や関係者は、故人の私室に必ず入る。その時にもし、部屋も寝具もみっともなく散らかっていたら、ガッカリするだろう。逆にキレイに整理整頓されていたら、それだけで故人への想いが募る。文字通り、「今日死ぬかもしれない」任務に向かう自衛官であればなおさらである。寝具や私室の整理整頓が基本中の基本であるのは当然であり、驚くことが失礼だったのかもしれない。
そしてそれは、一般人でも同じはずだ。布団を出た瞬間から、母という面をかけ子供や学校と接し、部長という化粧をして部下たちや顧客と向き合う“戦場”に出かける。そのほとんどのことは、思い通りにならない文字通りの戦場だ。時に疲れ果て、もう嫌になり、”面”や”化粧”を落としてしまいたくなる。
そんな時こそ、折り目正しく寝具を整理整頓していれば、きっとこんなことを感じる。
「あ…布団に帰ってきた」
キレイに折りたたんだ寝具を開くとき、それを実感する。全ての面(おもて)を外し化粧を落として、何の役割も求められない自分に戻れるとホッとする。人によって、感じることは様々かもしれない。しかし少なくとも、この朝のたった1分の整理整頓で思わぬ気付きを得られることがある。ぜひ、多くの人に一度、やってみて欲しい。








