今日は、昨日たい肥を入れた畑をトラクターで耕運、畝立て、マルチ貼りまで一気に作業しました。が、腰が・・・(笑)
トマト、キュウリ、ピーマン、オクラ等々これから夏野菜が最盛期を迎えますが、今日「種苗ガイド秋号」が届きました。「秋冬どりハクサイの栽培ポイント」が掲載されています。いやはや、腰が・・・っと言っている場合じゃないですね。楽しみは一年中続きます。(笑)
ところで、会社のことで悩んでいると相談がありました。よく聞いてみると、「自分はリーダーとして正しいことをやっているのだろうか」という悩みでした。ちょうど桃野泰徳さんの記事があったので、参考になると思います。抜粋して引用します。
リーダーの資格がある人とは、どのような人なのか。 | Books&Apps (tinect.jp)
「取締役に任命されたのですが、力不足を感じています。このまま職を続けるべきでしょうか」
先日ある講演会で、そんな質問をされることがあった。
質問をして下さったのは、勤務先企業で役員に抜擢されたばかりという男性だ。
与えられた役職を重く感じているものの、
「器が人を育てる」
と信じ、職責に取り組み続けているのだという。
しかし想いだけでは難しい壁を感じ、このまま続けるべきなのか。
どうすることが組織と部下のためであるのか意見を聞かせて欲しい、という趣旨のご質問だった。
「何が正解なのか、私には正直わかりません」
軽々に答えられない質問に、思わず本音が出る。
そして要旨、以下のような回答をする。
私自身、困難な仕事を乗り越えられた時に成長を感じることができたとは、思っている。
しかしあんな経験はもう二度としたいと思わないし、無茶をすべきとも思わない。
「自分にはできない」と思った時には撤退することも、一つの勇気ある決断ではないか。
それを聞いた男性は、どこか釈然としない表情のままお礼を言ってくださると、マイクを置いた。
この回答をした後から、ずっとモヤモヤしている。
自分で出した答えに、自分でもどこか納得していないからだ。
「力不足のまま、重い責任を背負い、リーダーを続けるべきなのかどうか」
そう思い悩み立ち往生している人に、私はどのように答えるべきだったのか…。
(中略)
実はこの質問を頂いたのは、私の出版記念講演会だったので、出版にたずさわって下さった多くの“偉い人”が会場に来てくださっていた。
リーダー論の要諦を教えて下さる、陸上自衛隊の元陸将。
原稿のチェックを無償で引き受けて下さる、元大学教授。
コラムを連載して頂いている、朝日新聞の編集長。
本を出版して下さった、新潮社の役員といったそうそうたる”偉い人たち”だ。
そのため講演後、近くの居酒屋に席を移し懇親会をしたのだが、私は開口一番、皆さんにこんなことをお聞きした。
「あの質問をして下さった役員さんへのご回答、実は私、消化不良なんです。皆さんなら、どう答えたでしょうか?」
この質問について、やはり皆、とても気になっていたようだ。
そしてその場で出た意見はざっと、以下のようなものだった。
「人には向き不向きがあり、無理をすべきではないので、回答は妥当」
「難しい仕事を与えられたからといって、人は必ず成長できるわけではない。しかし難しい仕事を乗り越えないと、人は成長しない」
そんなケンケンガクガクの議論の最後に、それまで黙っていた“某エラい人”がぼそっと、こんな事を言う。
「自分は力不足ではないかと言えるだけで、あの人は立派です。それだけで、リーダーの資格があるのではないでしょうか」
その場にいた全員が一瞬、静まり返った。
そして口々に、それこそ、あの質問をして下さった方に回答すべき答えであったのではないかと、「感想戦」が締めくくられた。
もちろん私も、その意見に腹落ちし、なぜそれが言えなかったのかと悔しい思いになった。