元気村「村長通信」

自給自足コミュニティ、活動日誌。

煩悶は自分が望むものが得られないときに起こってくる。

 今日は出勤日でした、昨日収穫した「小玉スイカ」を職場の仲間に試食してもらいました。「甘い~」「まいう-」「季節外れの美味しいスイカだー」と大絶賛でした。(笑)  

 猛暑で疲弊していた元気村の野菜たちも、やっと元気を取り戻し、明日から若林郵便局での「無人販売」を再開することにしました。アリガタヤ、ありがたや・・。御贔屓のほどよろしくお願いいたします。m(__)m

夜明け前の元気村

間もなく収穫「赤かぶ」

 ところで、中村天風師が、明けても暮れても「ありがたい」と言っています。なるほどです。引用します。

中村天風著:『ほんとうの心の力』PHP研究所

 明けても暮れても、ありがたい、嬉しい、でもって送れるはずだけれども、あなた方の煩悶(はんもん)は、たいてい、自分が望むものが得られないときに起こってくるんだ。

 

 自分の欲望がみたされないときに、必ず煩悶が起きる。自分に甲斐性がなくて、それを自分のものにできないときに、それで煩悶するてぇのは、なんてこった。 

 一番いいことは、もしも自分の望むものが自分のものにならなかったら、現在持っているものを価値高く感謝して、それを自分のものにしてゆきなさい。こういう心がけで自分の人生に生きていくと、心のなかの煩(わずら)いというものがなくなっちまいます。 

 

 何事に対しても、現在感謝。ああ、ありがたい。何に対しても現在感謝。それより事態が悪くなっても、喧嘩にならないじゃないか。病になっても、ああ、ありがとうござんす。

 病になってもありがたいというのはおかしいじゃないか?  だって、死んじまわなかったんだろ。それで 済んでいると思ったら、感謝したらいい。そういう気持ちを持っていると、どんなことがあっても、憂(う)いとか辛いとかいうことがなくなるんだ。朝からしょっちゅうニコニコ、何事に対してもニコニコ。