元気村「村長通信」

自給自足コミュニティ、活動日誌。

ピンピンキラリと生きるためには「自分中心でいい」。

 風は涼しいのですが、日差しがめちゃくちゃ強い。(;´Д`) 夏真っ盛りなのですが、農作業は秋野菜の準備をスタートさせています。が、高温で苗が徒長(苗の茎が必要以上に細長くなり、葉と葉の間隔が間延びすること)しないようにする対策が必要です。ムズ・・(笑)

 そして今日は、久々に ♬燃える男の~赤いトラクタぁ~ を駆って、耕運を行いました。来週にはサニーレタスの定植を行います。

草のない畑らしい畑(笑)

 ところで、丹羽宇一郎さんがその著書『老いた今だから』の中で、「85歳を迎えたが、老後に飽き、倦むということはまったくない。それどころか、時間はいくらあっても足りないくらい」と「ピンピンキラリ」と生きています。そのためには「自分中心でいい」と提唱しています。そのとおりと思います。抜粋して引用します。

 今、老後の生きがいや終活について、メディアではいろいろと言われていますが、「皆が言っているから生きがいをもたなきゃいけない、皆がやっているから終活をしなきゃいけない」という考え方になると、生きていくのが苦しくなってしまうように思います。

 もちろん自分の人生ですから、自分が納得するようにやってみる価値はあるでしょうが、「皆が」という言葉に惑わされてはいけません。

「皆とは誰のことなんです? あなたは世界中の人を調べてそう言っているんですか?」と、言い返せばいいのです。

 だからといって、「自分はこう思っているから、家族や友人も皆、同じように思っているだろう」と、自分中心にものごとを考えて判断するのもよくありません。

 見るもの、聞くものを自分のこととしてとらえ、関心のあることをもっと深く知るためにいろいろな情報を集め、そこからさらに考えて自分なりの見方をしていこうとするのが、本当の意味での「自分中心の考え方」です。そういう考え方をすることは、老後をよりよく生きていくためにも、非常に大事なことだと思います。

 日本では歳をとることにマイナスイメージがありますが、そんなことはありません。年齢を重ねるにつれて経験の数は増し、知識も増えていくので、的確な思考と判断ができるようになるし、人間関係の広がりや深みも増し、人格も円満に練られていきます。

 世の中の変化に対応していこうという意欲や好奇心を失わず、日々の努力を続けていく限り、失うものよりも得るもののほうが圧倒的に多いはずです。身体が欲する限り働き、読書や学びを通して知識を吸収していけば、生きがいは自然と見つかります。