元気村「村長通信」

自給自足コミュニティ、活動日誌。

身体の養生でいちばんいいのは歩くこと

 今日は、昨日の疲れを引きずったまま、孫に引きずられて「心臓破りのアスレチック」に行ってきました。

 場所は富谷市にある「大亀山森林公園」。新緑もまぶしく、テントを持ち込んで、みんなで「おにぎり」をいただきました。連休ということで、家族連れも多く、昨日からオープンしたカフェは、大行列でした。

 が、アスレチックは、急な坂道を登ったり下ったり・・・、心臓が飛び出そうでした。前を行く夫婦が「40歳のおばさんにはきついわ~」と嘆いていましたが、「何弱音を吐いてるんだ、後ろは66歳のおじいさんが歩いてるんだぞ」と突っ込みたくなりました。(笑)

富谷市大亀山森林公園

木陰にテントを張りました

心臓破りの急峻な坂道

汗だくになりながら、孫の後を追いかけました。

 ところで、「長生きする人はよく歩く」と、松原泰道さんが、その著書『松原泰道の養生訓 戒語「早起きすべし!」―なぜ、この生活術が、健康と長生きを約束するのか 』(三笠書房)解説しています。やはり、基本は「歩くこと」らしいです。

・・私も九十歳まで生きてきたので、よく人から、「体力をどのように養っているのですか」 と聞かれることがあります。

身体の養生ということでいえば、いちばんいいのは歩くことです。 

良寛も一休も、禅の修行をして長寿を得た人は、とにかくみなよく歩いています。

よき師を求めて、野を越え山を越えひたすら歩く。

今風にいえばウォーキングとなりますが、禅者にとって、それはレクリエーションではなく、修行です。

雨であろうと、雪であろうと、天候に関係なく歩く。

ときには野宿もする。

そして、寺に入っても托鉢に出てまた歩く。

禅者に長寿の人が多いのは、歩くことに関係があるかもしれません。

 

 『養生訓』を著した貝原益軒も、じつによく歩いています。

それも今日から見れば、驚異的な距離を歩いています。 

たとえば、彼が自分の日常的な行動を記した「雑記』によると、「十九歳より六十九歳 に至るまで大坂在来十九度、江戸行き十二度、入京二十四度」とあります。

益軒が住んでいたのは現在の福岡です。 

福岡から江戸までの距離は、約一二〇〇キロ。ほぼその中間にあたる大坂まではおよそ六三〇キロ。

京都までも似たようなもので約六六○キロ。

ざっと 計算しても、彼が歩いた距離は、軽く四万キロを上回ると思われます。

いかに彼が健脚だったかがわかります。

益軒は学者ですから、読み書きなど坐ったままの時間が多かったでしょう。

そんな彼にとっては歩くことが、運動不足を解消する大きな手立てだったのではないでしょうか。

彼が八十五歳の長寿を保ち、"クスリより養生”をみずから実証できたのも、よく歩いたおかげかもしれません。 

歩くことは頭の養生にもなります。 

年をとると、つい出不精になりがちですが、そんな人には、貝原益軒が八十一歳のときに記した『楽訓』をすすめます。

そこには、「他郷の名勝に遊べば、良心を感じ起こし、けちな心を洗い流してくれる。さらに徳をすすめ、知を広めてくれる。その楽しみは、王候の富にもまさる」といった内容のことが書かれています。