元気村「村長通信」

自給自足コミュニティ、活動日誌。

正義に溺れる

 いよいよ実りの秋。六郷地区でも稲刈りが始まりました。まだわかりませんが、見たところ一等米のような感じがします。(笑)

 一方で、今年の枝豆は、昨年食べて美味しかった「黒五葉」と「秘伝」を作りましたが、「黒五葉」の実入りが悪く、あきらめて今日収穫したのですが、見た目通りスカスカでした。(´;ω;`)ウゥゥ 「秘伝」に期待です。

稲刈りがスタート

大型機械であっという間に作業が進んでいきます。

 ところで、昨日の記事で「正義」に触れましたが、脳科学者、中野信子さんがその著書『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)の中で、人間の脳には「正義の制裁に快楽を覚える」ようになっていると解説しています。そうなんですねー。だからとめどもなく続くのですね。抜粋して引用します。

・・人の脳は、裏切り者や、社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。

 他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。

 この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象を常に探し求め、決して人を許せないようになるのです。

 こうした状態を、私は正義に溺れてしまった中毒状態、いわば「正義中毒」と呼ぼうと思います。この認知構造は、依存症とほとんど同じだからです。

 

 有名人の不倫スキャンダルが報じられるたびに、「そんなことをするなんて許せない」と叩きまくり、不適切な動画が投稿されると、対象者が一般人であっても、本人やその家族の個人情報までインターネット上にさらしてしまう、企業の広告が気に入らないと、その商品とは関係のないところまで粗探(あらさが)しをして、あげつらう…

「間違ったことが許せない」

「間違っている人を、徹底的に罰しなければならない」

「私は正しく、相手が間違っているのだから、どんなひどい言葉をぶつけても構わない」

このような思考パターンがひとたび生じると止められなくなる状態は、怖ろしいです。

 

 本来備わっているはずの冷静さ、自制心、思いやり、共感性などは消し飛んでしまい、普段のその人からは考えられないような、攻撃的な人格に変化してしまうからです。

 特に対象者が、例えば不倫スキャンダルのような「わかりやすい失態」をさらしている場合、そして、いくら攻撃しても自分の立場が脅かされる心配がない状況などが重なれば、正義を振りかざす格好の機会となります。