元気村「村長通信」

自給自足コミュニティ、活動日誌。

教え方を柔軟に変える対機説法

 今日は、久々の「農学講座」でした。6月は、都合がつかなくて欠席しましたが、今月は「なんとしても!!」と都合をつけ、出席してきました。7月のテーマは「殺虫剤の歴史」。有機農業で使用できる薬剤も教えてもらい、勉強になりました。ありがたや、ありがたや・・。

ランチは中華丼セット。まいう~

 ところで、人に意見を伝える時は、相手の顔や態度を見て、一方的にならないように注意をしていますが、伊勢-白山道さんがそのブログの中で、お釈迦様の「対機説法」について説いていました。なるほどです。抜粋して引用します。

・・意思疎通と言えば、釈尊は、相手の理解能力や状況に合わせて教え方を柔軟に変える対機説法(たいきせっぽう)を重視しました。釈尊の意思疎通(コミュニケーション)は、一人ひとりの相手の理解度や性格に応じたものでした。相手の悩みやそのレベルに合わせて例え話や、伝え方を変えていました。幼児には、幼児に成り切った話をしました。
 このため相手に応じて、釈尊の「これが良い、悪いの判断」が変わることあります。すると、理解力の無い人がそれを見ていてデタラメ、いい加減だと非難することがありました。
 しかし、理解力の有る弟子は、
・今のその相手の段階では、それが必要、正解、という意味が分かりました。
 ここで、弟子の中でも、意見が分かれるのです。
 理解力の無い弟子は、
・釈尊の発言だけを、一言一句、覚えようとする。
・ でも、釈尊が話している相手を、一切見ていない。相手は関係ないと思っている。
理解力の有る弟子は、
・ただ釈尊の発言を聞くのではなく、それを受ける「相手の状況」を思いやりながら聞いている。
 すると、相手によって返答内容の是非が変わっても、今のその相手には正解だと分かったのです。釈尊の返答に、矛盾は無いことが分かるのです。このように、弟子の中でも、理解力に差があり、離れて行く弟子もいたわけです。

 以上の話に、コミュニケーションの誤解を防ぐための要点が有ると感じます。
 自分が他人に意見を伝えたい時は、
・相手の立場、状況に立って話せば、意思疎通がうまく行きやすい。
・相手への思いやりを持って話せば、誤解が減る。
こういうことを思います。